高知地方裁判所 昭和45年(ワ)114号 判決 1972年3月09日
原告
高石広美
外三名
右訴訟代理人
大坪憲三
被告
上総信雄
右訴訟代理人
藤原周
外五名
主文
被告は、原告高石広美、同高石房江、同中島長太郎、同中島光子に対し、各金四七四、〇〇〇円、および、これに対する昭和四五年三月一九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
この判決は、原告ら各勝訴の部分に限り、それぞれかりに執行することができる。
事実
第一、当事者双方の申立
原告ら訴訟代理人は、「被告は、「原告らに対し、各金一、二五〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四五年三月一九日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、
被告訴訟代理人は、「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。
第二、当事者双方の主張
一、請求原因
(一) 身分関係
原告高石広美、同房江は、訴外亡高石裕子の父母であり、原告中島長太郎、同光子は、訴外亡中島豊子の父母である。また、被告上総信雄は、カズサ洋服店を経営し、訴外北川良雄の使用者である。
(二) 事故の発生
訴外北川は、被告の諒解を得たうえ、被告保有小型乗用車(高4に8931号)に、訴外亡高石裕子、同中島豊子、訴外大崎宏の三名を同乗させて国道三二号線を経て高松に赴き、さらに宇野港に向かう四国フェリー株式会社所属のカーフェリーボート第一三玉高丸に乗船したが、昭和四四年五月一一日午前二時二五分ごろ、前記フェリーボートが宇野港県営公共岸壁に接岸しようとして、その約五〇メートル手前かららエプロンゲートを開き始め、これを約一五度の角度に降ろしたまま、岸壁の約一〇メートルに接近した時、訴外北川は、すでに接岸し終つたと勘違いをし、前記三名を車に乗せたまま自動車を発進させ、エプロンゲートを乗りこえてこれを水深四メートルの海中に転落させた。このため、訴外北川と助手席にいた訴外大崎はドアを押しあけ海中より浮き上り、岸壁より投出されたロープにより救出されたが、後部シートに乗つていた中島と高石の二人は遂に車より出られないまま溺死した。
(三) 被告の責任
被告は、右自動車を保有し、これを自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法第三条により次の損害を賠償する義務がある。
(四) 損害
(1) 亡高石裕子、同中島豊子の逸失利益と、その相続
1 亡高石裕子は、死亡前は満二三才の未婚の女子で、高知大丸の臨時職員として勤務し、月収金二〇、〇〇〇円、別途に自宅で洋裁の請縫による月収が約金一〇、〇〇〇円あり、毎月の手取額は確実に金三〇、〇〇〇円を下ることはなかつた。そして、将来は洋裁店を自営する希望もあり、五〇才まで働くものとして、同人は今後二七年間、現在と同等もしくはそれ以上の収入を得られるはずであつた。
また、亡中島豊子は、死亡前は高知市帯屋町恒安洋装店に昭和四四年二月まで勤務し、月収金三一、〇〇〇円を得、同年三月より自宅にて洋裁師として自立し、手取金三〇、〇〇〇円の月収を確実に得ていたものであり、五〇才までその仕事に従事するとして、今後二七年間、現在と同等もしくはそれ以上の収入を得られるはずであつた。
2 そこで、右両訴外人の一か月の食費等金一〇、〇〇〇円を控除した一か月各金二〇、〇〇〇円を基準として月別のホフマン式の計算法による中間利息を控除し、死亡当日の一時払い額を算定すれば、両訴外人の逸失利益は、各金四、〇九五、四五四円となる。
3 そして、原告高石広美、同高石房江は、高石裕子の相続人として、また、原告中島長太郎、同中島光子は、中島豊子の相続人として、それぞれ、その前記損害賠償債権を相続により(相続分各二分の一)承継したが、右額は、それぞれ、金二、〇四七、七二七円となる。
(2) 原告らの慰藉料
訴外亡中島豊子は昭和四四年四月二八日訴外吉岡某と婚約成立、同年一〇月三日に挙式の予定であり、また訴外亡高石裕子も嫁入りを目前に控えた者であつたが、これらの前途ある者を失つた原告らの悲嘆は察するに余りがあるところ、諸般の事情を総合すれば、原告らの精神的苦痛は、各金一、五〇〇、〇〇〇円で慰藉されるのが相当である。
(五) 結論
よつて、原告らは被告に対し、前記金額の各合計額から自動車損害賠償保険金として各受領の金一、五〇〇、〇〇〇円を控除した残額のうち請求の趣旨に記載の各金一、二五〇、〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四五年三月一九日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二、請求原因に対する答弁
(一) 請求原因(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実は認める。
(三) 同(三)の事実のうち被告が本件自動車を所有していることは認めるが、その余は争う。
(四) 同(四)の事実は知らない。
(五) 同(五)のうち原告らが自賠保険により各自金一、五〇〇、〇〇〇円を受領したこと、および、訴状送達の翌日が昭和四五年三月一九日であることは認める。
三、被告の主張
(一) 訴外亡中島豊子(被告の妻の姪)は、訴外亡高石裕子、同北川良雄、同大崎宏と語らい大阪方面に一泊旅行する目的で、被告から本件自動車を借受け、訴外北川良雄をして運転せしめて大阪方面に向つていたが、その途次、本件事故が発生したものであるから、右訴外亡中島、亡高石の両名は、自賠法第三条の運行供用者であり、したがつて同条の他人には該当せず(他人性が阻却)、本件自動車を右亡中島豊子に貸与し、車の運行について支配、利益を有していない被告には、運行供用者責任がないというべきである。
(二) かりに、亡高石裕子に他人性が認められるとしても、同人の同乗は殆んど運行供用者に近い地位にあり、被告の責任を大幅に減ずべきである。すなわち、亡高石裕子は、被告に対して無償同乗であり、車の運行が前述のとおり亡中島豊子とともに計画した旅行の実現で、そのうえ当初自己が準備すべき車を友人に断わられたため、亡中島豊子が借り受けた事情を熟知し、旅行の経費も自己らが負担する予定であつたこと等を考慮すると、その同乗は運行供用者である亡中島豊子との結び付きは、非常に密接で好意同乗以上である。
(三) 亡高石裕子、亡中島豊子に過失があるので過失相殺を主張する。
北川良雄は、フェリーが宇野港に近づいて、フェリーの接岸前車を出発させたのであるが、当時、亡中島豊子、亡高石裕子は車の後部座席に起きており、周囲の状況を確認できる状態にあり、他車の動静を確認して異常を発見したときは、すみやかに運転手に運転を中止する等の指示をすべきであるのに、周囲の状況を確認せず、北川良雄の運転にまかせていた過失がある。
四、被告の主張に対する認否
(一) 被告主張(一)、(二)は争う。
(二) 同(三)の事実は否認する。
第三、証拠関係<省略>
理由
一、原告らの身分関係、本件事故の発生
請求原因(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。
二、被告の責任
同(三)の事実のうち、被告が、本件自動車を保有していることは当事者間に争いがなく、従つて、特段の事情がない限り、被告がその運行供用者と解すべきところ、被告は、かえつて、訴外亡中島豊子、同高石裕子らが運行供用者であつてその他人性が阻却されると主張するので検討する。
<証拠略>によれば、訴外北川良雄は、昭和四四年二月頃から、被告の経営するカズサ洋服店へ自動車運転手兼セールスとして勤め、同年四月頃からは住込みで働き、訴外大崎宏は、昭和四三年一〇月頃から、右洋服店へ住込みの仕立職人として勤務していたが、訴外亡中島豊子(以下豊子という)は、被告の妻である上総富子の姪であるが、右富子が高血圧等で具合が悪かつたため、同年五月上旬頃から被告方へ手伝いに来ていたもので、訴外亡高石裕子(以下裕子という)は、豊子の友人であつたこと、豊子、裕子、および、訴外西村美知代は、同年五月六日頃、喫茶店ニュー高知で、誰からともなく旅行しようという話が持ち上がり、裕子がその友人から右旅行のため自動車を借り受けることを予定していたが、これが断わられる結果となつたので、豊子がその準備をすることとなつた、そこで、豊子は同月八日頃、訴外北川の運転で自宅へ送迎して貰つたとき、同人に対し、女性三人による旅行についてはガソリン等を負担するから自動車の運転をしてくれるように依頼してその承諾を得、他方、被告の妻富子を通じ被告に対し、以上のような友人による大阪方面への旅行計画を話したうえ、本件車輛の借入れを申し入れ、同時に、右北川の店の休暇についても同様許可してほしい旨申し出たこと、被告らは、一応これを断つたのであるが、豊子が右富子の姪であることから結局貸与することとし、事故をおこさないように注意することを指示するとともに、その期間を五月一〇日、一一日の二日と限り、車検を終えた本件車輛をその使用に委ねたこと、右のように、豊子、裕子らには、大阪方面へのドライブという楽しみがあつたが、訴外北川も、運転をするだけでなく、大阪では友人に会えることを考えていたし、同月一〇日頃、旅行に誘われた訴外大崎も、大阪で遊ぶことを考えて、右旅行の一員に加わつていること、そして、同月一〇日、訴外北川は、大崎を同乗のうえ、本件自動車を運転して、被告洋服店前から出発し、喫茶店再会で待ち合わせている豊子、裕子らを、乗せて行こうとしたところ、訴外西村はこれを断つたので、裕子を呼びに行つて、これを同乗のうえ、都合四人で大阪方面へと出発したが、そのガソリン代およびフェリー代はいずれも豊子が立替支払つていることがそれぞれ認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
そして、以上の事実関係に従えば、被告は、その被用者である訴外北川が本件自動車を運転し、被告の妻の姪である豊子ら数名のものが、大阪方面へドライブ旅行をすることを熟知してしかもかかる北川、豊子らとの関係が動機となつて本件自動車をこれらに貸与したことは明らかであり、しかも事故が発生しないよう注意しているばかりか、五月一〇日、一一日の二日間に限りその使用に委ねているのであつてみれば、被告については、本件自動車の運行支配、運行利益を喪失したものと解することはできないから、その運行供用者性を肯定すべきものと考える。証人北川良雄、同大崎宏、同上総富子の証言中、被告が右北川に対し運転を依頼したことも、同人が被告の営業上の目的のため本件自動車を使用したことも、さらには、被告が豊子から何等使用料を取つていないとの部分があるけれども、右は、被告に対し運行供用者性を肯定する妨げとはなしえない、のみならず、成立に争いのない乙第四号証の記載、証人上総富子の証言(以上各一部)中、本件自動車の販売は、所有権留保付のものであり、その所有者は、訴外高知三菱自動車販売株式会社であるとの部分があるけれども、右会社について運行供用者性を否定するのが相当であつて、この事実をもつて、被告の運行供用者性を左右する資料とすることはできない。
なお、豊子らが大阪方面へ旅行するについては、前示のとおり、豊子に主導的立場を肯定することができるけれども、関与の態様が異なるとはいえ、本件自動車の全同乗者に、大阪方面への旅行目的が設定されていたとみられ、その実現のため、被告と身分関係のある豊子が前面に出たものと解されるから、結局、本件自動車について右同乗者による共同運行行の面を否定することはできない(豊子についてのみ運行供用者性を肯定するとき、裕子については好意同乗の問題が生起するけれども、本件における旅行の端緒等を考慮し、かかる考え方はとらない)ところである。然しながら、一般に運行供用者と他人という概念は、相互に排斥するものでなく、賠償義務者との関係で相対的に理解することも可能であると解するのが相当であつて、この観点から豊子らについて他人性を肯定するとともに、他方、運行供用者(あるいは好意同乗者)と認められる限度で一定割合の損失を負担させるという量的操作をとることが信義則ないしは公平の要請上是認されて然るべきであるから、本件にあつては、以上の諸点を考慮し、これを、被告の賠償責任を減額する事情とすることとする。
三、原告らの損害
(一) 豊子、裕子の逸失利益とその相続
イ <証拠>によれば、請求原因(四)(1)1の事実が認められ(なお、豊子、裕子の稼働期間はいずれも相当であると認める)、これを覆すに足る証拠はない。そして、豊子、裕子の死亡時の年令、職業等を考慮するとその生活費は、いずれも約四〇パーセントと認めるのが相当であるから、いずれも、右生活費を各控除した一か月金一八、〇〇〇円、従つて、年間金二一六、〇〇〇円を基準としてホフマン式計算法(年別)による中間利息を控除し、死亡当日の一時払い額を求めると、その逸失利益は、各金三、六二〇、〇〇〇円(ただし、金一〇、〇〇〇円未満切捨て)となる。
ロ ところで、豊子、裕子につき、本件自動車の運行供用者性が認められることは前示のとおりであり、他方、<証拠略>によれば、右北川は、フェリー内部で、裕子らの着いたという声であわてて起きたところ、船首の扉が開かれ、前方に停車していた車輛がみえないので、すでに接岸しているものと軽信し、本件自動車を発進し、これを海中に転落させたものと認められ(この反証はない)、これにつき、豊子、裕子の過失を認めることはできないけれども、共同運行供用者の一人でありその運転手をしていた右北川の過失は、これを、被害者側の過失と評価するのが相当であるから、以上の諸事情を勘案し、本件にあつては、六〇パーセントの控除を認めることとする。してみると、請求し得べき逸失利益は、金一、四四八、〇〇〇円となる。
ハ 原告らの豊子ないしは裕子との身分関係は、前示一のとおりであるから、原告らは、それぞれ相続により(相続分各二分の一)、右賠償請求権を承継したことは明らかであり、従つて、右額は、原告らにつき各金七二四、〇〇〇円となる。
(二) 原告らの慰藉料
本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると、原告らの精神的苦痛は各金一、二五〇、〇〇〇円で慰藉されるのが相当であると認める。
(三) 損害の填補
原告らが本件事故により自賠保険金として各金一、五〇〇、〇〇〇円を受領していることは当事者間に争いがないから、これを、以上(一)、(二)の各合計額からそれぞれ控除すると、原告らが本訴により請求し得べき額は各金四七四、〇〇〇円となる。
四、結論
してみると、原告らの本訴請求は、被告に対し各金四七四、〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の翌日であることにつき争いのない昭和四五年三月一九日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれらをそれぞれ認容し、その余はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。 (稲垣喬)